公害資料館連携フォーラムin長崎 参加記
2021年12月11~12日、公害資料館連携フォーラムin長崎に参加しました。
11日は、午前から長崎原爆資料館、国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館、原爆落下中心地公園、平和公園をガイド付きで現地見学しました。
午後は栗原裕司さん(京都国立博物館副館長)の基調講演、午後は第1分科会(資料保存と継承~公害と原爆の資料から考える)、第2分科会(カネミ油症の経験に学ぶ)がありました。
12日は、午前に第3分科会(平和教育と公害教育の課題点の重なりを議論する)、第4分科会([原爆資料館]資料の保存と活用~「継承」の視点を交えて)があり、午後の全体会では、全員でふり返りと議論をして、閉会しました。
初日の現地見学では、資料館だけでなく、公園周辺のあちこちに建てられた慰霊碑、遺構なども含めて、解説していただきました。南蛮貿易以来の、多様な歴史の積み重ねのなかに原爆があったことを体感できました。
第2分科会では、会場で初めてカネミ油症患者ご自身の声に触れ、被害が今も続いていることに衝撃を受けました。環境アーカイブズとしても、常に情報を収集し、発信し続けなければならないと思いました。
個人的に、全体会でのある参加者の発言が気にとまりました。
原爆資料館に、資料そのものを公開するアーカイブズ機能の充実を期待したいという趣旨の発言です。
原爆資料館の活動については、2日目の分科会で、学芸員の方からすばらしい実践の報告がありました。同時に人員不足や指定管理の問題も含め様々な課題も語られました。
そのなかに、長い歴史を通じて収集された資料について、参照しやすい目録を整備・公開し、活用を促進するという課題があります。
博物館では展示を通じた学びの機会の提供、その前提となる研究が活動の軸になります。
一方で、最近は資料目録を整備し、公開している館も少なくありません。
展示はなくても、どのような資料があるのかが分かれば、研究や出版、報道、市民の展示活動など、さまざまな活用のチャンスが広がります。
それでも、資料そのものを公開・閲覧する窓口を、恒常的に設けている博物館は少ないでしょう。
逆に言えば、そこに、資料の公開を本務とするアーカイブズの存在理由があります。
このやりとりを聞きながら、行政組織や学芸員に編集された情報を越えて、自分自身の眼で資料を選び、納得のいくように学び、発信したいという関心の深まりのなかに、市民のためのアーカイブズを発展させる足場が、見えているように思いました。
今回、環境アーカイブズからは、3人が現地で、2人がオンラインでフォーラムに参加しました。
山本唯人